高校とかで勉強する金融政策の歴史は金本位制やブレトンウッズ体制とかの大昔の出来事については、念入りに教えてくれますけど、量的緩和政策やゼロ金利政策などの最近の出来事については全然中身とかに触れないんですよね。
正直60年あたりの構造変化が起こる前の歴史なんて知っててもあんまり意味がないんですよね。個人的に学校で徹底して教えるべきなのは、バブル崩壊以降の構造変化と金融政策の変遷だとかだと思います。
まず金融政策の大本営である日銀の役割について改めてみていきます。基本的に日銀には、3つの働きがあるといわれています。
1つ目は、日本銀行券を発行することができる「発券銀行」であるということ、2つ目は一般の銀行から預金を受け入れたり、一般の銀行に対して貸付や手形、国債などの売買を行う「銀行の銀行」という働きです。そして3つ目は、政府からの預金を受け入れ、政府の資金を管理する「政府の銀行」という働きです。
そして、上でも述べたように日銀は金融政策の担い手であり、金融政策の目標は 「物価の安定」にあります。つまり、物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に支えていくという事です。
日銀の金融政策は、バブル崩壊以前は「伝統金融政策」というのが一般的でした。これはインフレ率の伸び(経済成長)に合わせて金融市場への通貨供給量を操作することにより金利を上げ下げするという従来の経済学に倣った金融政策です。
しかし、バブル崩壊により経済が右肩上がりに成長する時代は終焉を迎え、日本経済は停滞し、加えてITバブルの崩壊により経済が成長しなくなるデフレ状態に陥りました。
これを解消するため、当時の日銀総裁であった速水総裁は、量的緩和政策に始まる従来の「伝統的金融政策」とは、一線を画す「非伝統的金融政策」を開始しました。
この「非伝統的金融政策」は、後年リーマンショックから始まる世界的金融・経済危機に対して、各国の中央銀行の対抗手段となりました。
その後景気は回復し、福井総裁時代には景気(金融市場)的に大変良くなりました。そして、2006年3月9日には、量的緩和政策を脱却しました。
しかし、2008年に皆さんも記憶に新しいリーマンブラザーズの倒産から始まった「リーマンショック」により、日本経済は再びドン底に叩き落とされます。
このときの日銀総裁は白川総裁はリーマンショック後、先進諸国が通貨安競争を行っているなかで、通貨の信用を損なうとして民主党が実施しようとしていたゼロ金利政策などの経済対策への協力を渋り、加えて銀行への貸し出し枠緩和などで現在問題視されている政府の赤字国債残高の高まりを助長してしまいました。
ここで先進国の通貨安競争に遅れたことが、2012年の1ドル80円台の強烈な円高の要因となり、結果として景気回復を妨げてしまったことになります。
あくまで結果論ではありますが、白川総裁の判断は悉く裏目に出ており、同氏のGoogleサジェストが酷いことになっているのも、残念ながら当然と言えます。
リーマンショックと東日本大震災の対応に失敗した民主党(現民進党)は国民の信頼を完全に失い、政権は自民党に回帰します。
この時首相になった安倍晋三氏と、同時に就任した日銀の黒田総裁によって、日本経済は先進国同様「非伝統的金融政策」への道を邁進していくこととなります。
黒田総裁は自身の財務官として為替市場にかかわってきた経験も活かして、白川時代とは打って変わり、異次元緩和や量的・質的緩和、マイナス金利政策など分かり易いキャッチコピーで斬新な金融政策を打ち出しました。
これと安倍首相が打ち出した経済成長戦略(アベノミクス)により、日経平均は一時20000円を突破、為替市場もドル円が120円を大きく上回るの水準まで円安が進みました。
ですが、世界経済の慢性的な不況により、当初目標としていた物価指数上昇を達成できないなど期待されたほど成果が出ていないのが現状です。
コメント